体力・栄養・免疫学雑誌 第19巻 第3号 2009年 目次

[巻頭言]

故きを温ねて新しきを知る

松坂方士 ・・・211


[ORIGINAL ARTICLE]

Association between life stress factor and mental health status of workers in Tsukuba Research Park City

Mikiko HAYASHI, Shinichiro SASAHARA, Hiroyuki NAKAMURA, Tadahiro UMEDA, Kazuya USAMI, Yusuke TOMOTSUNE, Satoshi YOSHINO, Ichiyo MATSUZAKI ・・・212-221


Effect of phycocyanin, one extract of spirulina, on differentiation of U937 and HL-60 human myeloid leukemia cell lines

Kyoko ISHII, YanHai SHI, Toshimistu KATOH, Osamu HAYASHI ・・・222-232


The relationship between physical function and body composition/ exercise habit among community-dwelling women

Hidefumi KAMITANI, Kazuma DANJO, Masashi MATSUZAKA, Kiyonori YAMAI, Hiroki IWASAKI, Ippei TAKAHASHI, Takashi UMEDA, Manabu TOTSUKA, Shigeyuki NAKAJI ・・・233-238


Relationship between respiratory function and body composition among the Japanese general population

Yuichi HIRAKAWA, Kazuma DANJO, Masashi MATSUZAKA, Ippei TAKAHASHI, Takashi UMEDA, Toshiaki TSUKAMOTO, Akira ISHIKAWA, Shigeyuki NAKAJI ・・・239-244


Influence of obesity on neutrophil function

Satoshi URUSHIDATE, Ippei TAKAHASHI, Masashi MATSUZAKA, Kazuma DANJO, Takashi UMEDA, Ryo INOUE, Kiyonori YAMAI, Shigeyuki NAKAJI ・・・245-251


[原著]

地方公務員の定年退職前後における精神的健康度、首尾一貫感覚の変化に関する実証研究

宇佐見和哉,笹原信一朗,吉野聡,友常祐介,羽岡健史,松崎一葉 ・・・252-257




《巻頭言》故きを温ねて新しきを知る

弘前大学大学院医学研究科社会医学講座・助教

松坂方士


 新型インフルエンザ流行のためでしょうか、かつて人類が未知の感染症であったコレラと戦った歴史に関する本が相次いで出版されました。『感染地図 歴史を変えた未知の病原体』(スティーヴン・ジョンソン著、矢野真千子訳、河出書房新社)と『医学探偵ジョン・スノウ コレラとブロード・ストリートの井戸の謎』(サンドラ・ヘンペル著、杉森裕樹ら訳、日本評論社)です。

 おそらく、コレラは長い間にわたって細々と伝染を続けてきたベンガル湾の風土病だったのでしょう。しかし、人類の移動が激しくなったことから、コレラは19世紀に「移動」を始めます。インド全土に蔓延した後、コレラはゆっくりと中東、そしてロシアへと流行の中心を移していきました。1830年のモスクワでの大流行はヨーロッパにおける最初のコレラ禍であり、突然の下痢・嘔吐から発症する致死率の高い疾患がヨーロッパ社会で現実として認識された大きな出来事でした。その後、驚異的な速度で大陸を席捲したコレラは、不思議なことに流行開始から2年後に突然姿を消してしまいます。

 当時、コレラの原因として大きく2つの学説がありました。瘴気説と感染説です。瘴気とは悪臭を伴う悪い空気のことで不衛生な環境から自然発生すると考えられていました。一方、感染説では患者に直接触れ合った者が発症するとされており、流行地の広がりが連続的ではなく突然に流行が終息するコレラの原因説としては少数派だったようです。

 1854年8月31日、ロンドンのブロード・ストリートでコレラが突然流行を始めました。この地域は特に衛生状態が悪く、一晩で数十人が亡くなるほどに猖獗を極めたとされています。ブロード・ストリートの両端には、ここでコレラが流行していることを知らせる黄色い旗が立ちました。瘴気説によると悪い空気を吸い込むことで病気になるとされていたことから、次第にそこに近寄る者は少なくなりました。そんな中、一人の男性がブロード・ストリートに現れます。ジョン・スノウです。彼はコレラが水により経口的に感染すると考え、流行地に足を踏み入れて生き残った住民に聞き取りを開始します。そして、コレラの感染源がゴールデン・スクエアにある井戸であることを突き止め、その取水ポンプを取り外しました。

 現在では、ポンプを取り外したことがコレラの流行を終わらせたとする考えは疑問視されています。しかし、未知の疾患に対して科学的に検証し、原因を究明してその対策を講じるという過程を明らかにしたことは、その後の医学の発展に大きく寄与したことは間違いありません。   今後、新型インフルエンザの流行がどのように変化していくか、社会がそれに対してどのように対応していくかは予測できません。しかし、決して感情的にならず、科学的な思考に基づいて理性的に行動することの重要性を、この150年以上前の出来事が教えてくれているような気がします。